学術・科学技術の振興
日立財団アジアイノベーションアワードは、ASEAN地域の社会課題解決と持続可能な社会の実現に貢献する科学技術イノベーションを支援するために創設された表彰事業です。2020年度の創設以来、研究成果を社会に届ける取り組みを後押ししてきました。
創設からの5年間で、本アワードに寄せられる研究は年々多様性と質を高め、現地の社会課題に根ざした学術的・技術的な取り組みが着実に広がってきました。アワードを通じて生まれた出会いや成果は、課題への理解を深めるとともに、研究者自身が新たな社会実装の可能性を切り拓く契機となっています。こうした変化は、ASEAN地域の持つポテンシャルと、未来を担う研究者の力の大きさを改めて示しています。
一方で、事業の運営や選考を重ねる中で、改善すべき点や新たに見えてきた課題も徐々に明らかになってきました。創設から5年の節目を迎えるにあたり、これまでの成果と課題を整理し、今後の発展につなげるために、このレビューを取りまとめました。
今日、持続可能な社会の実現に向けた取り組みは、より広範な連携と実践が求められる段階に入っています。科学技術の力を社会に届けるためには、国や分野を越えた協働と、現場に根づく知の積み重ねがこれまで以上に求められます。本アワードは、そのためのプラットフォームとして、挑戦する研究者を支え続けたいと願っています。
これまで本事業を支えてくださった皆さまに心より感謝申し上げますとともに、本レビューが、多くの読者の皆さまにとって、同地域の未来をともにつくる研究の価値を感じていただく機会となれば幸いです。
日立財団アジアイノベーションアワードは、ASEAN地域の研究者を対象に、社会課題の解決に資する取り組みを表彰する事業として2020年度に創設しました。背景には、当財団が1984年から35年間にわたり実施してきた日立スカラーシップ事業があります。同事業では、6か国からのべ460名の研究者を日本に招聘し、学術交流と人材育成の基盤を築いてきました。スカラーシップの役割が一定の段階に達したことを受け、当財団は「招聘型支援」から「現地の研究者を対象とした表彰」へと重点を移しました。
2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、17の目標と169のターゲットに基づき、国際社会に明確な行動目標と達成期限を示しました。人口規模が大きく、都市化・環境・エネルギー等の課題が複合化するASEAN地域では、研究開発(R&D)と社会実装の推進が課題解決に大きな影響を及ぼします。
本アワードは、こうした背景のもと、ASEANを対象に、社会課題の解決に取り組む研究者を表彰し、その成果を広く社会に紹介することを目的としています。研究成果そのものの価値に加えて「社会実装の可能性」を重視する評価軸を採用している点が、本事業の特徴です。
アワード運営にあたっては、公正で透明性の高い評価プロセスを重視してきました。毎年度に設定するSDGsのゴール・ターゲットへの貢献度に加え、研究成果の独自性、社会的意義、実証性、社会実装の可能性を明示的に評価してきました。
また、当該分野に精通した外部有識者が選考委員として参画することで、専門性と第三者性を担保しています。書類審査、第1回選考委員会、オンライン面接(最優秀賞候補者)、第2回選考委員会(最終決定)の各段階で評価やコメントを共有し、合議による多角的な判断を通じて、公平で納得性の高い審査を行っています。
本事業は、次の体制で運営しています。
この体制により、専門性と継続性を両立しながら、安定的で柔軟な事業運営を実現しています。
創設期(2020〜2024年度)は、事業スキームの大幅な変更は行わず、応募者支援の充実と審査の質向上に向けた改善を段階的に実施しました。
これらの改善を積み重ねることで、応募者にとってアクセスしやすく、選考委員にとって評価しやすい仕組みを維持しながら、事業運営の透明性と品質の向上を図りました。
本節では、2020〜2024年度のアワード事業における成果を、量的指標(アウトプット)および質的・影響指標(アウトカム)の両面から整理します。本事業は、公募ではなく、当財団が指定した大学・研究機関からの推薦制により応募を受け付けています。また、2020〜2024年度は事務局が毎年度2つのSDGsゴールといくつかのターゲットを指定して募集を行っていました。これらの運用条件は、応募者となる母集団や応募テーマの範囲に影響するものであり、本節に示す量的指標や国別分布、並びに後続の分析を読み解くうえでの前提となります。
2020〜2024年度の5年間で、対象6か国・募集先41機関を範囲として実施し、計69件の表彰を行いました。(最優秀賞7件、優秀賞18件、奨励賞44件)。年度別の表彰件数は12〜16件の範囲で推移しており、年ごとの変動は限定的でした。国別分布では、受賞者数はインドネシアが最多で、次いでベトナム、フィリピンが続きます。最優秀賞はインドネシアとベトナムに集中しています(図表1・2)。
図表1:2020〜2024年度の表彰件数の推移
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図表2:2020〜2024年度の国別表彰件数
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本項の分析・事例は、2020〜2024年度の受賞者を対象としたオンラインアンケートの31名の回答に基づいています。調査の概要は以下のとおりです。
受賞による影響については、図表3のとおり、研究の進捗、外部資金の獲得、共同研究の機会、社会実装の進展、可視性(学内外・メディア等)の向上など、広範な効果が確認されました。定量設問の評価はトップ2(5段階評価のうち「非常にそう思う」「そう思う」の合計)で80〜97%となり、受賞が研究の動機づけや基盤強化に寄与していることが示唆されました(設問例:「研究の可視性・認知度(学内外・メディア等)が高まった」)。また、一部設問では「どちらともいえない」という中立回答も一定数みられ、研究分野や所属機関の制度・環境の違いが影響している可能性も示唆されました。
図表3:受賞のインパクト(全項目・トップ2降順)
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※記述はすべて匿名化し、個票の要点を要約したものです。
受賞を契機に、研究テーマを基にした地域への活動が拡大し、知識移転や住民参加を通じて社会的インパクトが大きくなった。
受賞後、産業界・企業との協力が広がり、研究成果の技術移転が実際に進展した。
受賞によって研究の信頼性が高まり、外部資金や助成金の申請が容易になった。
受賞が研究者自身のモチベーション向上につながり、論文発表、コミュニティへの普及活動、成果の社会実装や商業化に向けた動きが加速した。
応募プロセスについては、応募情報やガイドラインの明確さ、提出手続きの円滑さなど、概ね高い評価が得られました。一方で、今後の改善に向けた自由記述には、所属機関経由に加えて個人応募を可能にする仕組み、情報提供の強化、ポストアワード支援(受賞者のネットワーク形成・フォローアップ資金)への期待が複数寄せられました。主な指摘点は以下のとおりです。
前述『3-1-3実施プロセスの改善(2020-2024)』のとおりの小規模な改善と並行して、2022年に実施した大学窓口アンケートや、毎年の対象大学・研究機関への訪問時の聞き取り、受賞者との継続的なコミュニケーション、および選考委員会での議論を通じて、事業運営に関わる課題を整理しました。その結果、以下の4点を構造的な課題として確認しました。
毎年2つのゴールを設定し、5年間で10ゴールを対象としてきた。しかし、残るゴールの中には科学技術との関連性が必ずしも高くないものもあり、応募しにくいという課題があった。加えて、大学側からはゴール選択の柔軟性を高めてほしいとの要望が寄せられていた。
現行7基準は項目数が多く、評価のメリハリがつきにくいとの指摘が複数の選考委員からあった。
重複項目や記述量の多さについて、窓口・選考委員から簡素化の要望が寄せられていた。
インドネシア、フィリピン、ベトナムに比べ、カンボジア、ラオス、ミャンマーからの応募、受賞数の少ない状況が継続している。このため、応募の少ない国については、小さな成果も丁寧に取り上げていく姿勢を継続して説明し、動向を注視している。
これらの改定により、評価の分かりやすさと応募手続きの負担軽減を図り、より多様な研究分野からの応募を促す基盤を整えました。効果は次回以降のレビューで検証していく予定です。
創設期の5年間および2025年度の制度改定を踏まえ、持続的な事業運営と応募者支援の強化に向け、以下の点に重点を置いて取り組みます。