Vol.3 日本語サロンいろり
活動内容
〈部活紹介〉
「いろり」は主に,オンライン日本語会話グループの運営と,地域で出会う様々な人と一緒にイベント等の企画をしている。2020年に付けられた「いろり」という名前には,「囲炉裏」を連想するようにあたたかい場所,人が出会う,集まる場所のようなイメージとそんな場所を作りたいという願いが込められた。色んな国の人と色んな文化が集まれば,おもしろい!という実績が積まれ,出会った人が集まる「畑」のようなコミュニティが出来上がってきている。
「いろり」は人が集まって育ちます
畑によく似た「いろり」の営み。「耕す」「種をまく」「育つ」「収穫する」の4段階に分けて紹介していく。
◎「耕す」:育つ土壌を作り,手足を動かす◎
最初に耕すきっかけになったのは,2020年の新型コロナウイルスの大流行だった。人の集まる場であった地域日本語教室をオンラインで試みることから始まっている。「日本語サロンいろり」と名付けたそれは,閉塞感があったり,孤独を感じたりする当時,それぞれにとって大切な「居場所」になったのだ。
しかし,そのオンラインの場に都合がいい人は限られていて,そこで聞ける話がオンラインの中に埋没していくことに危機感があった。筆者は当時大学生で,社会とのつながりを求めており,それは自分に限ったことではなかった。もっと人と出会い,出会いのつながる機会が欲しくて2022年には実際に畑を耕すプロジェクトを始動した。人の集まるきっかけとして農業を選んだのだ。
人と出会い,つながりたいという想いから,はじめましての人に「こんにちは。あなたのメガネいいね」って声かけができるようになり,現在もそんな輪は広がって世界中に仲間が増えている。
◎「種をまく」:きっかけを作る◎
畑プロジェクトの狙いは,畑という「場」,はたまた「機会」「きっかけ」を作ることでコミュニティを多方に広げ,人のつながりを作ることだ。その結果,課題,ここでは特に孤独感に対し,地域のつながりや活動への参加―いわゆる社会的処方的なアプローチ―を通じて向き合おうとした。社会的処方とは,家族や社会との関係が希薄で他者との接触がほとんどない「社会的孤立」に対して「社会的なつながり」を処方することで問題解決を図ることだ。地域の外国人を対象にイベントを企画していくだけでなく,畑として門口を広くすることで農業関係者や,農業を体験したい親子などとも出会う場になった。そうして文化や背景の違いからくる誤解や壁にも向き合いながら,双方をつなぐきっかけづくりに挑戦しようと思った。「いろりの畑」のタネとシカケということだ。「ひとつの共通項があれば私たちはつながることができるかもしれない」という仮説を持ち,多くの出会いを見守ってきた。
ある時,「いろり」を通して出会った人たちとアイススケートに行き,同じく遊びに来ていた親子と親しくなった。当初,そのお子さんは外国人が苦手だと口にしていた。そこで筆者は,「どうしてそう思うのか」,「クラスにいるという外国の子とお話したことがあるのか」を聞いて,最終的に一緒にいたスリランカ出身の友人のところへ行って「好きな動物は何か」聞いてきてごらんと送り出すことができた。最後にはみんなが輪になって氷上で友情を育んでいた。
◎「育つ」:あとは自然に任せつつ,継続的に関わる◎
上のアイススケートの例のように,きっかけを掴めば,はじめましての人同士も親しくなれる。今度は畑にて,何人かと草刈りをしていた時にも,会話がよく弾む場面があった。目線が合いやすいということや,時には協力する必要があるためか。これを「草刈り効果」と呼んでみて「ひとつの共通項があれば,私たちはつながることができるかもしれない」を立証できると気が付く。
色々な国の料理をみんなで作って食べるということもよく行ってきた。つながりが生まれることで,誰かと~したいという希望が生まれる。普段は日本語があまり話せなくて,学校や職場でおとなしい人もここでは希望が生まれる。「育つ」ものは色々なのだ。そしてこの「大きな家族」はメンバーがくるくる変わるのも面白い。世界にはたくさんの人がいるのだから,いつどこで会えるかわからなくて,その偶然性を楽しむのも醍醐味だ。
◎「収穫する」:出会いがつながる◎
出会ったその後がどうなるか,案外みんなが報告してくれるもの。特に国内では,旅行や引っ越しの先に「いろり」のメンバーがいたらミートアップが開催される。生まれ育った環境は違えど,共通の話題があったり,好みの音楽が同じだったりすると簡単に心がつながってしまう。
そして,むしろ違うからこそつながるとも考える。また会いたい,自分の世界を広げたい,なにもどこかへ旅に行かなくても自分の身の回りから世界はずっと広がると気が付けたのは,皮肉にも,コロナ禍での環境がきっかけとなった側面もあるのだ。
また一番収穫できて嬉しいのは,その人が好きなように過ごしていることだ。畑でも,パーティーでも,人が集まっていて焚火の火を眺めるだけの時もあるし,みんながスマホをいじっている時もあるし,そこにいない人と電話している人もいる,寝る人もいる。過ごし方を探さないで,ただ「ここにいる」がどれほど尊いことだろうか。コロナ禍を経て,忙しい日々を過ごしている私たちは,世界で「ひとりじゃない自分」をもっと抱きしめようじゃないか。
「たくさん畑をつくりましょう!」
さて,この畑のようなコミュニティが出来るというのは,小さなことでも大きなことでも応用ができると考えている。知ることから始めて,出会い,つながり,つながり続ける。そこにはある意味無責任なゆるさが重要であり,続けるコツはそれかもしれない。困った時の相談先とはまた違う,「今晩一緒にお散歩しよう」「ちょっとお砂糖分けてくれる?」そんな些細なコミュニケーションが各地で生まれることを「いろり」は願っている。
「いろり」を始めて5年。「あなたに出会ってひさしぶりに日本語の本を開いたわ」という言葉は強烈に響いた。日本人と会話するきっかけや機会がなければ,日本語を話せなくても日本で生活ができる。それで本当に,共に生きているといえるのだろうか。だからまだまだ私たちは色々な人と出会い続けたいし,人が出会いつながる瞬間を見届けたい。



