外国ルーツの子どもたちの教育保障を問い直す
『日立財団グローバル ソサエティ レビュー』6号をお届けします。今号のテーマは「教育×多文化共生」です。
日本ではこの30年間,外国籍の子どもや,国籍は日本であっても外国にルーツがある子どもが急増しています。学校現場では,「外国にルーツがある子ども」「外国につながる子ども」「日本語指導が必要な子ども」など,さまざまな呼び方が用いられてきました。こうした子どもたちが増え始めたのは,出入国管理及び難民認定法の改正をきっかけに,日本での就労を目的とした人々が来日した1990年代以降のことです。
しかしそれ以前から,植民地支配の歴史を背景に,日本社会には朝鮮半島や中国にルーツがある子どもたちが生活していました。第二次大戦後,旧植民地出身者に対する偏見や差別が横行する中で,子どもたちは時に自らの名前や文化を隠して生きることを余儀なくされてきました。こうした子どもたちが直面してきた困難は,形を変えながら今もなお続いています。「多文化共生」が掲げられるようになっても,多くの外国ルーツの子どもたちにとって,日本社会は決して生きやすい場所になったとはいえません。
教育は,人が社会で生きていく力を身につけ,望む人生を送るために欠かせないものです。特に,幼児期から青年期にかけての学校教育は,基礎的な知識やスキルだけでなく,自己肯定感や人間関係を育む上でも重要な意味を持ちます。1989年に国連で採択された子どもの権利条約では,国籍や民族,言語などに関わらず,すべての子どもに教育を受ける権利が保障されています。この条約は,日本も1994年に批准しています。
はたして日本では,外国ルーツの子どもに対して十分な教育保障がなされているでしょうか。学校がすべての子どもたちの自信を育み,夢や希望を支える場所となるためには,どのような視点や取り組みが新たに必要なのでしょうか。
今号に掲載されたインタビュー記事や論稿からは,こうした問いを考えるうえで,さまざまなヒントやアイデアを得ることができると思います。
大阪府教育委員会の座談会でのやりとりを収めた記事では,大阪府が取り組む「枠校」制度(外国人特別入学者選抜)や「OSAKA多文化共生フォーラム」が紹介されています。大阪府では,高校における母語保障や,ロールモデルと出会う機会づくりなど,数々の先進的な取り組みが行われてきました。「誰一人取り残さない」という大阪府の人権教育の理念が,長年にわたってこうした実践を支えてきたことがうかがえます。
坪谷氏と宮下氏の論稿は,神奈川県の県立高校を事例に,外国につながる高校生の進路支援の実践を取り上げています。大阪府とともに神奈川県もまた,多文化教育コーディネーターの設置など,外国につながる生徒の教育保障に関して先進的な取り組みを進めてきた自治体です。論稿では,宮下氏自身がコーディネーターとして関わった経験をもとに,進路支援の過程とその限界が考察されています。
松尾氏の論稿は,冒頭で金子みすゞの詩「わたしと小鳥と鈴と」の一節にある「みんなちがって,みんないい」を取り上げ,読者に「それだけでよいのか」と問いかけます。多様性を認めるスローガンだけでは,社会に潜むマジョリティとマイノリティの権力関係を覆い隠してしまう可能性があることに警鐘を鳴らし,マジョリティの持つ特権性を,マジョリティの立場にいる当事者自身が問い直す必要性を示しています。不平等な社会構造を是正するための具体的な授業実践が紹介されている点も示唆的です。
呉氏の論稿もまた,現在の多文化共生言説に批判的な視点を向けています。冒頭で取り上げられるのは,日本の公立学校において外国籍教員が「教諭」として採用されにくく,学年主任や管理職への道が閉ざされているという問題です。この状況の理不尽さが,植民地主義の視点から分析されています。多文化共生を心地よい「ハッピートーク」にとどめるのではなく,外国人や外国にルーツのある人びとの「生(生命・生活・生涯)」が尊重される社会づくりの礎とする必要性が訴えられています。
最後に,私が取材した日系ブラジル人の子どものための継承語・学習支援室のルポルタージュを掲載しました。日本の学校で外国ルーツの子どもたちに与えられなかった「居場所」が,この教室では,言葉,文化,国籍を越えるさまざまな人びとの関わりの中で生み出されていました。外国人当事者がリードする居場所づくりの意義や,外国ルーツの子どもの学びと育ちを保障するうえで日本の学校に何が求められているのかを考えます。
これらの論稿に共通するのは,外国ルーツの子どもを含むすべての子どもの人権保障を重視している点です。排外主義が日本社会においても広がる中で,外国ルーツの子どもたちの生きづらさがさらに深刻化していくことが懸念されます。今号はそうした流れに抗う一つの試みです。多くの方の目に留まり,読んでいただくことで,草の根的な多文化共生への意識や行動が広がっていくことを願っています。




