ふたつの柱:1 安全な環境
レスポンシブ・クラスルームのメソッドには、2つの大きな柱があります。まず1つ目は「安全な環境」。それは、心の安全が保障された環境です。そしてその安全を保証するためのキーワードが3つあります。「存在を認める」「個性を認める」「楽しい」です。
■存在を認める
私も経験があるのですが「自分はいてもいなくてもいい」、そんなふうに感じたときとても辛い気分になります。そういうときほど、自己肯定感が下がり自信もなくなります。それは子どもも一緒。だから、「自分はここにいていいんだ」と子どもが無条件に思える環境を家庭に作る。これが非常に大事なことです。そのために親が実践できることが2つあります。1つはあいさつ。本当に簡単なことなんですけれど、朝に「おはよう」、夜に「おやすみなさい」を子どもの顔を見て言う。それもただ言うのと、存在を認めるという意識を持っていうのとでは違ってきます。「子どもの顔つきが変わった」そんなメッセージをよくいただきますが、誰だって存在を認められたら嬉しいのです。2つ目は1日1回、家族が物理的に時間と場所を共有すること。我が家の場合、夫は自営業で毎日夕飯の時間に帰宅できるので、夕飯をできる限り毎日一緒に食べるようにしました。お互いに顔を見て、お互いの存在を確認し合う。これは1日5分でもいいです。あいさつすること、一緒に時間を過ごすこと、この2つが重要で我が家もこれを実践しました。
■個性を認める
子どもがありのままに、無条件に、自分は愛されていると感じることができる環境を作ること、それが個性を認めるということです。この実践は、口で言うだけでなく、親が態度で示す必要があります。ですから我が家では、一方通行の会話ではなく双方向の対話を心がけました。日本で生まれ育つと、どうしても一方通行の会話になりがちです。学校の先生から言われたことをやる。質問はしない、親には口答えしない。部活では先輩、会社に入ったら上司の言うことは絶対。私もそういう一方通行の環境で育ったので習慣を変えるのは難しかったのですが、まずは「やりなさい」「やめなさい」を言うのをやめることにしました。その代わり、娘に「どう思う?」「どうしたい?」と質問するようにしました。そして、子どもの答えが明らかに変だなと思ったときでも「それは変だ」「間違っている」「意味がわからない」などと否定せずに、まずは子どもが答えたことを「なるほど、そういう考え方もあるのね」と肯定します。これは英語で「Validation(バリデーション)」と言いますが、子どもが自分の意見を持っていることを認めることが大切なのです。そういう対応を繰り返していくと、子どもは、「自分は思うことを言ってもいいんだ。ここでは安心して自分でいられるんだ」という気持ちを抱くようになります。親としては、個性を認め無条件に愛していることを示すことができます。
■楽しい
最近、人生100年時代などと言われていますが、この長い時間も、楽しんで生きるのと辛く悲しい気持ちで生きていくのでは人生がまったく変わってきます。楽しい人生を生きるためには、楽しい環境を作ることが重要です。では子どもにとって楽しい環境とはどんな環境でしょうか。それは「遊ぶ」ことです。
遊ぶってとっても楽しいです。楽しいと、人は自然に笑顔になります。そして笑い声が満ちる。そうすると心がポジティブになります。心がポジティブになっているとき、自分が嫌いになるわけがありませんから、自己肯定感が伸びていきます。また、楽しいときは、失敗が学びの機会になります。だから子どもは遊びを通して、問題解決能力なども身につけていくといわれています。ある調査結果は遊びは酸素のように重要と言っていますが、遊ぶことは子どもの成長にとって本当に酸素と同様に重要なのです。娘が通ったボーヴォワールでも「子どもの仕事は遊ぶこと」と言っていました。だから小学校3年生まで宿題も教科書もなかったのです。放課後はしっかり遊ぶ。あえていうならそれが宿題だったようなものでした。日本でも、お茶の水女子大学が大学に合格したお子さんの親を対象とした調査で、幼児期に遊びを重視していたと答えた親は通常2割程度だったのに対し、難関大学に合格した子どもの親は4割近くにのぼったという調査もあります。我が家でも遊びを重視しました。夫も私も娘と一緒に楽しんで遊びましたし、娘自身も思いっきり遊んでいました。
ふたつの柱:2 パッション
レスポンシブ・クラスルームの2つ目の柱、それは「パッション」です。なぜパッションが非認知能力を育てるために重要なのかというと、パッションはすべての入口だからです。私たちが何かをやるとき、好きだからやってみたいと思いますよね。好きだから、もっと知りたいという好奇心が生まれる、好きだから諦めないでもっとやろう、もっと上手になろう。その原点が好きなことに対する情熱、パッションであり、そうした気持ちを育むことが大切なのです。
私は人生には2つの生き方があると思っています。1つは、朝起きて、呼吸して、ごはんを食べて、また夜帰ってきて寝る、生き伸びるだけの「サバイバルな人生」。もう1つは、自分のパッションを見つけて、どんなに大変なときでも試行錯誤しながら自分の目標に向かって毎日進んでいく「繁栄ある人生」。私たちはどちらの人生を生きるか、選ぶことができます。私は娘には繁栄ある人生を選んでほしいと思っています。その入口となるのが生きがい、パッションなのです。「学校は、子どもが自分を発見して、自らのパッションを発見・育んでいく場所です」と学校の先生から言われ、私は大きな感銘を受けました。そこで我が家でも、子どものパッションを応援したいと強く思うようになりました。パッションを見つけ育む手伝いをすることが、親が子どもにできる最大の貢献なのではないでしょうか。
パッションを見つけるには、3つのキーワードがあります。それは「経験」「観察」「応援」です。
■経験
親が子どもに対して持つ最大の武器、すなわちこれまで生きてきた年数を活かします。子どもよりも親の方が確実に長く生きて、さまざまなことを経験しています。この経験があるからこそ、子どもにいろいろな経験をさせて、その世界を広げてあげることができるのです。ここで大事なのは、お金ではありません、労力です。子どもにたくさんの建築物を見せたいと思っても、別にあちこちに旅行する必要はありません。東京なら例えば表参道に行けば、建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞した、世界でも超一流の建築家の建物が次から次へと現れます。そういう建築物を子どもと一緒に見て歩くだけでも、経験が広がります。それから、ご近所のおじさんやおばさんでもいいから、子どもをいろいろな人に会わせて、みなさんと話をさせたりしてもいいでしょう。お金はかかりません、かかるのは親の皆さんの労力だけです。そんなふうに工夫して、子どもにたくさんの経験をさせてあげてください。
■観察
子どもにいろいろなことを経験させるだけでは、もったいないです。経験させたら子どもがどんな反応を示したか観察し、どんなことを面白いと思ったのかを書き留めておきます。そして、面白いと反応した機会を増やしてあげましょう。そのほかにも、子どもが何かに集中していて名前を呼んでも気づかないときのこともメモしておきます。決して叱ったりしません。その集中していることがこの子の好きなこと、パッションかもしれないのですから。あとで「すごく集中していたけど何してたの?」と聞いてみてあげてください。それが、お子さんが自分のパッションに気づくきっかけとなるかもしれません。
■応援
実はこれは親にとっては難しいときがあります。なぜなら、子どもの見つけるパッションが親が子どもに期待するパッションと違うときが往々にしてあるからです。例えば、親はわが子にピアニストになってほしいと思っても、子どものパッションはもしかしたら将棋かもしれない。そういうとき親は、「あなたのためを思って言っているのだからそんなのやめなさい」などと、つい言いたくなります。でもそれは子どものパッションを殺してしまうことになり、そうなると子どもは繁栄ある人生ではなく、サバイバルの人生を送ることにもなりかねません。そしてもう1つ、「そのパッションでは食べていけない」という場合もあります。子どもが持っているパッションでは、どう考えても暮らしていけないと親が思ってしまうような場合です。そんなときは、そのパッションで人生を送っていくにはどうしたらいいか考えます。我が家では、娘が小さい頃からバレリーナになりたいと言っていたので、この問題に早くから直面していました。ですから「バレリーナは経済的に不安定なことがよくあるので、続けながら経済的に自立するためにはどうすればいいか」を親子で話し合ったのです。そうしたら娘が「私はバレエだけでなく学業も両立させて、お金が稼げる副業を持つ」と言って、がんばって両立させました。もちろん、そうした娘を親の私たちは全力でサポートしました。
親にも非認知能力を
子どもに非認知能力を身につけさせるために、家庭での接し方が重要だとお話ししてきました。それでは、子どもを育てる私たち親の非認知能力はどうか。親自身が非認知能力を高めなくていいのでしょうか。私がこの非認知能力に出会って、世界最高の子育てだと確信したとき、私が最初に実行したのが実は自分の非認知能力を上げることでした。子どもは親の背中を見て育ちます。親は、否が応でも子どものロールモデルになる運命から逃れることはできません。娘に自信を持って自分らしく力強く生きてほしいと思ったら、私がまずそうならなければいけないと思ったのです。言うだけではダメ。なぜなら子どもは恐ろしいほどに親を観察しているからです。
そこで私は自分の非認知能力を高めるためにパッションを探し始め、「どうせ無理」と思っていたギャラリーを開く夢を見始めました。そして、ライフコーチの力なども借りて、ワシントンD.C.でアジア現代アートのギャラリーを経営し、成功させることができたのです。ありがたいことにオバマ大統領(当時上院議員)と同じ賞まで頂きました。そして、娘も大変な栄誉に輝くことができました。その理由はたったひとつ。それは「非認知能力」を伸ばしたからです。我が家の場合は娘の学校と連携しての協働作業でしたが、非認知能力育成プログラムを掲げる学校に通う必要があるかというと、そうでもありません。なぜなら、非認知能力を最も効果的に育むことができるのは家庭だからです。そして、非認知能力の育成に最も重要なのがお子さん、あるいはお孫さんを思う気持ちだからです。そのお気持ちがあれば、非認知能力を育む方法は誰でもご家庭で実践できます。ですから、この会場を出た瞬間から今日ご紹介した方法のどれか1つでもよいので、実践していただければとても嬉しく思います。きっと素敵な変化と確実な効果を感じることができるでしょう。ありがとうございました。